2010年8月12日
楽天英語の世界:お代わり遠慮願います
The Wall Street Journal が英語化を進める楽天のことを取り上げていました。8月4日づけのEnglish Gets the Last Word in Japan という記事です。
その中でおもしろかったのが、三木谷社長がTwitter 上で動詞discussの使い方を間違えたことをめぐってネット上のうるさ型たちと、ちょっとした応酬があったという件と、楽天の社員食堂での珍妙な英語の掲示です。
まず、discuss の件ですが、この記事によると、何日か英語公用語化をめぐっての論議が続いたのち、三木谷社長が Twitter 上で以下のような発言をしたとのこと。
Let's stop discussing about our policy to convert our main language to Eng. We are going to do this to become strong global company.(英語を社内用語にするという転換について論じるのはこのぐらいにしておきましょう。強力なグローバル企業になるための選択なんですから)
[余計な世話をやくと、可算名詞 company を使って、ひとつの具体例を挙げているわけですから、a strong global company と、不定冠詞を入れるべきです]
これに対して、
"For your reference, one doesn't usually put 'about' after 'discuss.'"(ご参考まで、普通、discuss のあとに about はつけませんよ)
[ちなみに、「ご参考まで」と言いたい場合、for your information が一番ポピュラーな言い方です。また you don't といわず、one doesn't という言い方をするあたり bookish なインテリを感じさせます]
と誰かが突っ込を入れたものですから、即座に三木谷氏、
"Let's stop being picky."(細かいことをつっついたりするの、やめませんか)
と応じます。
しかも、よっぽど腹にすえかねたのか、わざわざ4日後に、こう切り返しています。
Well I think many native people use 'discuss about.' At least my friends at Harvard did. How good is your English?(まあ、多くのネイティブが discuss about という言い方を使うし、少なくともわたしのハーバードでの友人はそうでしたよ。で、英語、あなたは一体どの程度できると言うんですか?)
この三木谷さんという方、血の気が多いのか、自信家なのか、面と向ってひとさまに How good is your English? などと普通は言えませんから、あっぱれです。
いずれにしろ、この問題は、非ネイティブが多数派を占める国際共通語(リンガフランカ)としての英語という視点から見ると、なかなかおもしろい問題です。
たしかに、discuss about と前置詞を付けるのは「標準語」とは言えません。例えば、こういった語法の問題で定評のある The Columbia Guide to Standard English は、こう言っています。
discuss (v.) is followed by a direct object, not by a preposition. We discussed his plans for the future is Standard; We discussed about his plans for the future is not. 動詞 discuss に続くのは直接目的語であり、前置詞ではない。We discussed his plans for the future(われわれは彼の将来に向けての計画を論じた)は標準語だが、We discussed about his plans for the future はそうではない。
ただ、リンガフランカという見地から言えば、I phoned to...での余計な to と同じで、単なる余計な付け足しは(格好は悪いかも知れないけれど)コミュニケーションには響かないとされています。三人称単数現在の s をつけなくても支障がないのと同じです。
一方、リンガフランカとしての英語において支障となるのが、通りのいい(イディオマチックな)英語の言い方が既にあるのに、自国語の発想で英語を使うがゆえに、何を言っているのかわからなくなってしまう例です。
その格好の例が、楽天の社員食堂での英語の表示です。Rice Corner というのも振るっていますが、ともかくWSJ の記事に出ていた、下の掲示をご覧ください。
おそらくは「すみません、お代わりご遠慮ください」というつもりなのでしょうが、
は、普通に英語を使う人から見ると、非常にわかりづらいと思います。第一に、serving は、ご飯を客のためによそる人については言えても、ご飯を自分でよそる人についてはちょっと当てはまらない感じがします。第二に、accept という動詞は、相手からの働きかけを受ける人が使う言葉です。例えば、「カードでのお支払い、お受けできません」という意味の、Credit cards not accepted. は、相手がカードを提示するという行為を前提に「お受けできません」ということを言うために accept を使っています。ですから、another serving is not accepted を字面どおり受け止めると、「ご飯をもう一膳よそってくれても、それを受け取る訳には行きません」ということになってしまい、意味不明です。
WSJ も、紙ナプキンが一人当たり2枚という制限を示す立て札が stilted English (妙にかしこまった英語)で書かれていたとする一方で、このひとり当たり一膳までですよという趣旨の注意書きについても、同様に strained English (無理のある英語)で書かれていると指摘しています。
「お代わりは駄目ですよ、おひとり一膳に限らせていただきますよ」という趣旨をもっと通りのいい言い方、言い換えれば、コミュニケーションの当事者が違和感を抱いたりしないような言い回しを使って言えということなら
Sorry, no second helpings.
ではないでしょうか。あるいは、なるべく no や not などのネガティブな単語は使うなというビジネス英語の流儀で通すなら、
Sorry, one helping only.
といったところでしょう。
グローバル企業になるためには日本語族以外の人々を相手にし、あるいは彼らの力を借りる必要がある、そうとするなら共通語となりうる英語に徹すべしという論法で英語を経営資源にしようとしているのでしょうから、通じる英語とそうでない英語、つまり無理な感じがしたり、わかりにくい英語との境目がどこにあるのかという問題に会社全体としてもっと目を向けることが大事だと感じました。
いくらコミュニケーションが成立すればいいと言ったって、ネイティブモデルに照らしての英語の良し悪しとは別に、通じるための許容範囲というものを別途考える必要がありそうです。"another serving is not accepted" 的英語がまかりとおっているようでは、せっかくの外国人社員もコミュニケーションに苦労を強いられ、グローバル企業への道が遠のいてしまうような気がします。その意味で社長のdiscuss about ごとき問題は重要度においてずっと下に来る話です。
追記:こういうことを書くと、食堂の掲示にまで文法的正しさを要求しているんだと勘違いする方が出てくるのですが、ことは文法の話ではなく、リンガフランカとしての英語においても、いっそう通りのいいチャンクというものがあり、そういったことにもっと目を向けるべきだという話です。Another serving is not accepted. というセンテンス自体には文法上、何ら問題はありません。パーフェクトです。もっとも、より根本的な問題は、ネット上の匿名性をいいことに、こういう区別すらつかない人がもっともらしいコメントをし、英語がわかっているような顔をすることなのかも知れません。
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- »Web屋のネタ帳: 楽天の社内では「重要なので日本語で失礼します」が流行語? - 2010年8月25日 21:20
2010年8月某日現在の検索結果のキャプチャがこちら see also: 三木...
Comments
いつもたくさん学ばせていただいております。
記事中の日本語について気になった箇所があります。
どなたからもご指摘がありませんので、投稿させていただきます。
「ご飯を・・・よそる」という表現が2か所見られますが、
これは「よそう」の間違いかと存じます。
ご訂正いただけましたら幸いです。
失礼いたします。
[返信]
三省堂国語辞典では「よそうと盛るの合成語」として認めています。したがって訂正を要するような問題ではありません。
地域によっても違うようで、先日、酒の席でこの用法が話題になったのですが、今までのところ、「うちはよそうと言う」という人と「よそると言う」という人は半々です。
- DLJ
- 2010年8月17日 12:20
またしても、面白い記事を見つけました。
日本電産、部長級への昇進に外国語2カ国語の習得を義務付ける方針。ちなみに「社内公用語を英語にする予定はない」そうです。
ここまで来ると、一体何を目指しているのか、幹部の意識を問いたくなります。
http://mainichi.jp/select/biz/news/20100813k0000m020050000c.html
またも出ましたTOEIC. 中国語に関しても同様の指標で社員の能力を評価することになるのでしょう。いつもおっしゃられている通り、円滑なコミュニケーションなしには語学は無用の長物になると思います。
さらに不可解なのは「社内公用語を英語にする予定はない」という点。会社内がバラバラになってしまうのではないでしょうか? 楽天のやり方の方が、まともに思えます。
[返信]
ありがとうございます。英語一辺倒というのも不健全と感じていますので、これはまたこれで、有意義な企画と受け止めました。ただ、問題は能力の測定で、孔子学院の試験はともかく、TOEICは受験者どうしのコンテストでしかありませんから、どうかと思います。個人的にはBULATSを勧めたくなります。
- めいけんとパパ
- 2010年8月13日 09:35
なかなか難しい問題ですね。もちろん、日向さんの仰るとおり、
>>文法の話ではなく、リンガフランカとしての英語においても、いっそう通りのいいチャンクというものがあり、そういったことにもっと目を向けるべき
ですが、現在の日本の英語教育下で勉強してきた人たちにとって、難しいのかもしれませんね。
”目を向けるべき”ですが、”目を向けている間”の猶予期間が必要な感じがします。
グローバル企業になる目標のための試みということ自体は確かに評価できるかもしれませんが、おそらく”どの英語も結構間違ってたり(文法だけでなく社会言語として)するし、どの日本人の使う英語も結構疑い深くて、正解は身近に得られないかもしれないけれど、それでも間違えまくりながら頑張って上達しよう”ってくらいの寛容さで当面は頑張るしかないのかもしれませんね。
皮肉的ですが、”英語を重視している人自身の英語も、それなりのレベルはあるかもしれないが、おそらく間違いだらけかもしれない”ということを周知させた上で、”それでも頑張る”って感じでいかなければいけないのかも。。やっぱり英語教育に対する抜本的な改革が必要そうです。
悲しいことに、日本にある英語表記や英語の文書、日本人の使う英語は、何か間違いがあるだろう ということを前提に見るようになってしまいました。(もちろん私自身、まだまだ間違いがあります)でも、多くの人(特に英語を意識していない一般的な人)は、日本にある英語を、基本的に正しいもの、としてお手本としがちなのかな、という気がします。自分がさほど英語が出来ないと思っている人は特に、日英表記してある物などは、その英訳が正しいと思ってしまう感じがします。
[返信]
間違いは学習の上で不可欠ですし、それがいけないと言ったり、あざ笑う気持ちはありません。ただ、英語を会社の公用語にするということで、食堂の掲示まで英語にするなら、徹底的にやるべきであり、たとえば、楽天はネットで飯を食っているわけですから、another serving うんぬんが実際に使われている、とおりのいい英語かなどは、ググればすぐわかることであるはずなのに、そのあたりの厳しい問題意識がうかがわれません。また、外国人社員がいるのですから、協力を呼びかけ、もっとわかりやすい英語の代案を出した方、カレーライス、一週間無料などとやってもいいのではないでしょうか。語学は上意下達でやるより、仲間どうし助けあいながら勉強した方がいいに決まっています。
- 匿名
- 2010年8月13日 02:44
(アルクのHPにトラブルがある様子です。繰り返し送付になっていたら申し訳ありません)
匿名じゃないですよ(笑)。
>いくらコミュニケーションが成立すればいいと言ったって、ネイティブモデルに照らしての英語の良し悪しとは別に、通じるための許容範囲というものを別途考える必要がありそうです。
この問題、奥が深そうですね。先日、とても流暢な英語を話すフィリピンに対して、"Don't you eat sushi ?" という質問をしてみました。返事は "Yes." だったのですが、後に続く文がどうもおかしい。生臭い、お腹こわしそう…と。多くの日本人と同じ「文法ミス」をしていたのですね。
ということは、否定型疑問文に対す答え方を誤って理解しているノンネィティブ同士の間では、問題なく会話が進行する、ということになります。
英語が世界共通になりつつありますが、ノンネィティブによってルールが変わりうることがあるのかなと考えた次第です。
話は変わりますが、大手スーパーで "We cannot break any bills." という貼り紙をレジで見たことがあります。楽天の食堂のレジにも、ひょっとしたら存在するかも知れません。
私の会社には、「階段昇降時には手摺を持ちましょう」の意味で、"Climb and descend the stairs with handrails." という紙が貼られています。グローバルカンパニーを目指す日本企業の英語力は、まだせいぜいこんなものなんでしょう。
[返信]
アルクのHPの件、照会してみたところ「告知をした上で、10日9時~昨日12時まで、サーバーリプレイスのため一部サービスを停止していました」とのことで、きっとこれが原因ではないでしょうか。
Don't you...? という尋ね方は、ネイティブ準拠の英語だと、「そうしてくれるとばかり思っていたのに、どうしてまた」というちょっとした失望感がにじむ言い方なので、微妙なジャンルだと思います。
両替お断りの相場は No change please. ではないかと思っています。
手すりの英語は笑えます。文法書だったら、取り外した手すりをたよりに階段をよじのぼったり、滑り降りたりする人のイラストを入れたくなります。相場は、Use/Hold/Touch the handrails when walking up or down the stairs. あたりだと思います。
改めて通りのいい言い方を選んで確実にコミュニケートできるよう心がけることの大切さを再認識させられます。
ありがとうございます。
- めいけんとパパ
- 2010年8月12日 18:48

いつも楽しく拝読させていただいております。会社でアメリカ法関係の翻訳をやっておりますが、やはり翻訳する「モノ」がわかっていない(いくら日本で法律文書を山ほど読んでいても)と難しいですね。
さて、このコラム、ネイティブの主人に見せたところ爆笑していました。「英語が一番」と信じ切っている「アメリカ人」ですので(笑)、社内英語公用語化には賛成しているんですが、やはりちゃんとした英語を教える、もしくは話せる(ある程度の教養があるネイティブが一番でしょうが)人がいないと、「いい加減」な英語を「デキる英語」と勘違いしてしまって、結局時間と努力の無駄になってしまうのではないでしょうか?
ハーバードを出ても、ネイティブからすると「奇怪な」英語表現はいくらでもあるようです。私はそこまで区別できませんが、ちなみに職場の某エリートはメアドを言うときに@を必ず「アットマーク」と言い、外資出身の秘書の方も同じことを言っています。
[返信]
結局、アットマークという英語として通りが悪いもので押し通すというのも、「モノ」がなんであるかまだ見きわめていないということに帰するのではないでしょうか。