HOME英語ニュース・ビジネス英語
 
 


日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2010年8月29日

金融英語の立ち居振る舞い

この夏は、実用的な金融英語の用例集を完成させるべく、こつこつと作業を進めており、以前に一度まとめた資料を読み返しては手を入れています。その中で気づいたのが、実用に堪えるものとなると、とおりいっぺんの静止画像的な説明では駄目で、動画的な、その言葉が「どう動くのか」がわかる用例が求められるということです。

例えば、「決済」を説明する項の「旧版」をご覧ください。(項目はいずれも、読めばその用語の意味と使い方がわかるよう構成してあるつもりです)

決済という枠組みにおいては、支払とは取引に起因する価値の移転のための指図の伝達を言い、決済は、支払指図において定められた価値の最終的かつ無条件の移転を言う。Used in the context of settlement, payment denotes the transmission of an instruction to transfer value resulting from a transaction; settlement denotes the final and unconditional transfer of the value specified in a payment instruction.

[メモ] もっと普通の言い方をすれば、決済とは、取引から生ずる債権債務(売り手の代金請求権と買い手の支払債務)を対価の支払で消滅させることです。送金などの資金決済を例に言えば、わが国の1日当たりの決済金額はシェア7割の日銀ネットが100兆円、シェア1割強の外為円決済が20兆円、シェア1割弱の全銀が10兆円程度です(2006年調べ)。

たしかに出回っている本の中にはこういった専門用語の概念を英語で焼き直して、一冊の本に仕立て上げているものもあります。しかし、ここで思ったのは、「settlement is なんとかかんとか」というスタイルの英文を載せるだけでは、それを仮に丸暗記したとしても、settlement とはなんぞやといったありそうもない質問を受けたときに、それに答えるだけの英語力がつくだけで、実用的とは言えません。

そこで考えたのですが、Xという概念ないし用語を説明しようという場合に、be動詞を中心にまとめて、単にその「座像」を見せただけでは、学習しようという人も、単にその姿を知るだけで終わり、そのXを使いこなす上で必要なX特有の立ち居振る舞いがわからずに終わってしまいます。つまり、そのXに「動きを与える」上で不可欠なコロケーションをきちんと見せることが重要と再認識しました。

そうとすれば、もっとXがどのように「ふるまう」のかがわかるような用例がいいわけで、こういったことを考えつつ、上の用例を以下のように全面的に書き換えました。

決済

17. アメリカで株式を売買した場合、決済は、約定日の3営業日後だ。月曜に株式を買ったとすれば、その間に休日がないとして、木曜までに支払を要する。月曜に株式を売ったとすれば、売却代金を再投資に振り向けられるのは木曜になる。If you trade stocks in the U.S., the settlement occur/takes place on the third business day after the trade date. If you bought stocks on Monday, your payment will be due on or before Thursday same week assuming there is no holiday during those three days; if you sold your stocks on Monday, the funds would be available for reinvestment on Thursday.

MEMO: 決済とは、債権債務が消滅することです。上の証券取引の例では、約定日(やくじょうび)後3日目に売買代金と証券が交換されることで売買当事者の売買代金支払債務と対応する債権ならびに証券引渡請求権と対応する債務とが消滅します。銀行振込の場合はこうなります。自分のA銀行の口座からB銀行の口座に振り込むということは、(当事者はすぐ現金を手にできますが、)決済という見地からは、A銀行が振込額をB銀行に払渡す債務を負い、B銀行がその額を払ってもらえる債権を取得する格好となります。銀行間で日中、こうした債権債務が積み上がっていくわけですが、最終的には、全銀システムセンターが集計し、金融機関別の受払差額を算出した上、毎日午後4時15分に各金融機関と東京銀行協会との間で決済が行なわれます。「差引で受取超過となるA銀行さんについては日本銀行当座預金にいくら入金します」、「差引で支払超過となるB銀行さんの口座からは、いくら引き落としをします」という処理になります。なお英語である口座に入金するのは credit the account、逆に引き落とすのは debit the account と形容します。

18. 銀行は、決済未了の資金の移動がある場合に決済リスクにさらされる(ここで言う決済未了の資金とは撤回不能の支払ながら後刻、最終的な決済を待って確定されるものを指す)。例えば、円と引き換えにドルを受け取る権利を有する銀行の場合は、円の支払を目的とする撤回不能の指図をした時から、ドルの売り手である銀行からドル支払を目的とする撤回不能の支払指図を受け取るまでの間、「リスクを負っている」。Banks are exposed to settlement risk whenever provisional funds are transferred, where provisional funds mean irrevocable payments that are subject to final settlement at a later time. For instance, a bank entitled to receive dollars in exchange for yen is “at risk” from the time it sends its irrevocable instruction for the yen payment until it receives the irrevocable payment of the dollars bought from the selling bank.

MEMO: 外為取引では受払の時差が問題となります。わが国の東京銀行が米国のアメリカン銀行と、90万円売って、1万ドル買う取引をした場合、手順としては、日本国内にあるアメリカン銀行の口座(コルレス円勘定と呼ばれます)に東京銀行が90万円振り込む一方、アメリカン銀行は米国内にある東京銀行の口座(コルレス米ドル勘定)にドルを振り込むことになりますが、円は日本時間の午後3時(米国時間午前1時)に外為円決済を通じて決済されるのに、ドルは、ニューヨーク時間の午後5時半にCHIPSを通じて決済されるため16時間30分の時差があります。そこで東京銀行が円資金を払い込んだ後にアメリカン銀行が破綻でもすれば、ドルを受け取れず、損害を被ることになります。事実、こうした外為決済リスクとして有名なものにヘルシュタット・リスクというものがあるぐらいです。1974年に当時の西ドイツのヘルシュタット銀行が突然倒産したとき、時差の関係でヘルシュタット銀行側はすでにマルクを受け取っていながら、対価のドルを外国銀行に引き渡す直前に業務が停止されてしまい、ドルを受け取る予定だった多くの金融機関が多額の損失を被ってしまいました。しかし現在では、17通貨を対象に運用されている Continuous Linked Settlement (CSL、他通貨同時決済システム)という決済制度を通じて、ヘルシュタット・リスクの軽減が図られています。

こういった書き方をすることで、settlement は occur し、または take place するのかと「会得」してもらえるのではないか、また、settlement risk(対価をもらえないかも知れないリスク)については、exposed to という言葉で「さらされる」を表すのかと印象づけることができるのではないかと考えたわけです。

執筆ができるのも、秋学期が始まるまで。あと1ヶ月ちょっと。多くの方に、「そうか、金融英語ってこんな感じで使うのか」と喜んでもらえる日を楽しみに、ちょっとあせりながら原稿を練り直しています。

*******

hand_right.gif人気ブログランキングへの一票、どうぞよろしくお願いします。人気blogランキングに一票

Trackbacks

Trackback URL: 

Comments

決済の定義を、「アメリカで株式を売買した場合、決済は…」という実務的な事実で例示するというのはユニークですね。なんだか、新聞の見出しを髣髴とさせます。こんな説明書だったら、読者も入りやすいですよね。

ただ、「決済とは、債権債務が消滅することです。」というのはちょっと気になりました。たとえば証券取引においては、代金の支払いと債券のデリバリーを(ほぼ)同時に行うことによって取引終了(settlement)となるわけですから、売買の両当事者が行動しなければsettleしないわけですよね。ですから自動詞的に訳すよりも、「消滅させる」と言った方がわかりやすいのでは、と思います。もちろん、約定日にお互いに決済指示を出し、カストディアンはそれにもとづいて3日後にsettleするのですから、決済日に取引当事者は動かないのですが。でも、実際にはちゃんとインストラクションが入ってなくて、取引が3日後に決済されないことは多々あります。で、その後は、やはり当事者が行動しなくては取引終了にならないわけで・・・。(これって、nitpickingですよね・・・。)

[返信]

法律関係の人は、「が消滅する」と自動詞的な語感で処理するようですが、いずれにしろ、区別して訳し分ける実益を見いだせません。

金融関係の話でなくて申し訳ありません。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20100824/242724/?mlm

途中までの高橋さんの見解にはうなづけます。

>一方、小田島隆さんはコラムで「英語で話している限り英語国民に頭が上がらないこと」「英語のオダジマは精神年齢が12歳になること」「国際理解は難しいこと」「文化は訳出不能な部分に宿っている」などを挙げ、許される場所では日本語を使って英語国民に負けないことを提案している(「グーグル、そして英語化される世界について考える」)。英語が苦手な私は思わずうなずいてしまった。

世の中、色々な意見の人がいるのですね。開いた口が塞がらないです。英語で話している時はアングロサクソンに卑屈にならないといけないのか? 精神年齢12歳でグローバルステージに立つのか? 文化は訳出不能な部分に宿っている? だったら全く異文化コミュニケーションというものが存在しないと思います。

なかなか、この手の記事に突っ込みを入れるのも面白いものです。

[返信]

違った言語で話をし、ある程度の意思の疎通を確保するにはこの程度は必要という客観的な水準があるのに、みなさん、英語の姿を思い思いに捉えるので、こういったことを書く人がいるのだと思います。他面、政治家が基本2000単語レベルでスピーチをし、人々を感心させていることを思えば、大学受験レベルの難語を一生懸命おぼえるより、基礎単語を自在に使うよう練習する方が報われるはずです。ところが、語学を修行の道と捉える人々が多く、こういう人々が平凡な学習者を惑わせていると感じます。

日向先生、
記事の主題とは直接関係のない質問で申し訳ないのですが、18の用例の最後の部分にある、selling bank には冠詞は必要ないのでしょうか?

[返信]

ありがとうございます。単に落としてしまっていただけのことで、ここでは、that settlement bank ですから、the がはいります。

日向先生こんにちは。
いつも勉強させていただいています。
金英語用例辞典、楽しみです。その先の金融英語辞典も見逃せない内容のはずだと期待しております。
仕事でたまに依頼のある金融工学関連の翻訳にものすごい力を発揮しそうです。
正直、今まで見てきた金融英語の辞典に自分が満足するものはありませんでしたが、今回のエントリでその不安が大幅に解消されました。
暑い日が続きますが、お体ご自愛下さいませ。

[返信]

金融工学となると、次回の金融英語辞典の方が役立ちそうですね。今回のは金融関係の新入社員レベルですので、概説書的おもむきがあります。

日向先生

 金融用語辞典、期待しています。
 言葉を使いこなすには、コトやモノを表す言葉のふるまいが大事ということ、すごく納得です。ずっと前、「動詞はことばのエンジンです」と聞いたことがあって、それを思い出しました。
 金融にはあまり縁のない私ですが、金融分野だけでなく役に立ちそうです。早く本がみたいです。
 暑い中、おからだ大切に。

[返信]

さっそくの励まし、ありがとうございます。頑張ります。

因に,今回は金融英語の用例辞典になります。金融英語辞典は、ちょっと先になりそうです。

コメントフォーム
Remember personal info?