2010年9月20日
非不胎化介入はunsterilized interventionかnon sterilized interventionか
金融関係の方からおもしろい質問を受けました。「不胎化介入」のことを sterilized intervention と言うけれど、その逆の「非不胎化介入」は果たして non sterilized intervention でいいのだろうか、というものです。さすが現場で英語に触れている方の問題意識は鋭いと感心します。
この「不胎化」というのは英語の経済用語の直訳(?)がそのまま定着したものですが、先日のドル売り円買い介入を例に言えば、円買いの原資として金融システムに投入したものをそのままにしておくとインフレが「受胎」してしまうので、そうならないように、円を引き揚げ、インフレの「受胎を不能にする=不胎化」するという意味で使われています。
先般の円高阻止目的の介入では「円を売って、ドルを買うことで円安に誘導する」という形式の為替介入が行われたわけですが、どこから売るための円を持ってくるかと言えば、政府短期証券(FB)の一種である「外国為替資金証券」を財務省が発行した上でそれを市場で売却し、または日銀が引き受けることで、円資金を調達しています。そして、こうやって調達した円を売れば、買い手は金融システムの参加者ですから、金融システムに新たな円資金を投入したも同然となります。ということは、売った円をそのままにしておくと、それまでになかった「余計」な円が市場に出回るも同然で、インフレの火種となりかねません。そこで、普通は、それを実際上日銀の手許に戻す為、日銀は短期国債その他の有価証券を売って、介入の結果、出回るようになった余剰分を吸収します。このプロセスを指して「不胎化」と言っているのです。
一方、場合によっては、介入によって出回った円資金を政策的配慮からそのままにしておき、敢えて市場での資金が多すぎる状態になっているのを容認するようなことも行なわれ、これを指して「非不胎化」と言っています。
問題は、sterilized intervention の反対をnon sterilized intervention と言うべきか、それとも unsterilized intervention と言うべきかです。
例えば、オンライン版の朝日の英文記事は、以下のように、非不胎化を指して、non-sterilization という言い方をしています。
To bolster the effects of the intervention, the BOJ decided Wednesday not to absorb yen released to the market as a result of its action.
This is known as non-sterilization. It means that increases in the money supply are not adjusted.
ところが、ネットで検索するとわかりますが、非不胎化の英語としては、"unsterilized intervention" という言い方が多数派です。この Financial Times の記事からは JP Morgan の為替チームが unsterilized intervention という言葉を使っていることがわかりますし、このロイターの為替アナリストの記事などは見出しに unsterilized intervention を使っています。もうひとつ言えば、The Wall Street Journal も、やはり unsterilized intervention という言い方を使っています。
ここで、"non 何とか" と "un 何とか" でどう違うんだと思われるでしょうが、ひとつには、やはり多数派の流儀にしたがった方がいいということがあります。特に専門用語の世界はそうです。もうひとつは、英語プロパーの問題としても、Xか非Xかという区分が行なわれるときは、つまり、Xでない以上は、非Xしかなく、ちょっとだけXだとか、部分的にXということが認められない場面では、non-Xという言い方をするのが普通だという問題があります。
この点、A Comprehensive Grammar of the English Language という文法書は明快で、こう言っています。
Non- differs from un- in frequently expressing a binary contrast (without gradability) rather than the opposite end of a scale. Nonという接頭辞は、un という接頭辞と比較した場合、段階がある尺度の対極を言うよりは、しばしば(一方から他方へと漸次変化することがない)二項対立的構図における一方の極を言うために使われる点で違いがある。
不胎化、非不胎化という話に置き換えた場合、不胎化に対して、グラデーション的なものが一切なく、不胎化か、非不胎化の二つにひとつしかないという構図なら、sterilized に対しては non-sterilized という格好になるけれど、段階がありうるなら sterilized の対極にあるものは unsterilized と形容すべきだということになります。
で、部分的不胎化があるのかを考えるに、実際には、あります。つまり介入により金融システムに投入された余計な資金を全部というのでなく、一部だけ引き揚げる、partial sterillization というものがありえます。事実、先代のFRB議長、アラン・グリーンスパンがスピーチの中で、こんな言い方をしているのです。
For now, partially unsterilized intervention is perceived as a means of expanding the monetary base of Japan, a basic element of monetary policy.
このように、sterilizedされた状態から、ちょっとずつ段階を踏みながら、NOT sterilized という状態へと移行しうるスケールがあるとするなら、ここは、non sterilized ではなく、un sterillized を使うべしということになります。
X か 非Xが二項対立的なもののときは non X で、そうでなく、グラデーションがありうる場合は、un X だという構図はけっこういろいろな例を説明できそうで、興味深いことです。
追記:この種の英訳問題は、名詞を与えられると、一生懸命、名詞の英訳を考えることになりますが、たまに視点を変えて、動詞として処理した方がいい場合があります。今回の非不胎化も、実は、unsterilized intervention という名詞形を使う代わりに、without mopping up the liquidity created by the yen sales; without absorbing the yen sold あるいはleave in the market the yen which were used to buy dollarsという形の動詞句で不胎化をしないという趣旨を伝えている例が多いように思いました。
人気ブログランキングへの一票、どうぞよろしくお願いします。人気blogランキングに一票
- [ビジネス単語ガイド]
- Comments (2)
- Trackbacks (0)
Trackbacks
Trackback URL:
Comments
nonとunの説明は目からうろこでした。
先生のブログは新しい発見があるため、日頃より参考にさせていただいてます
[返信]
ありがとうございます。更新、頑張ります。
- 能勢
- 2010年9月20日 19:19

非常に勉強になりました。
私は専門誌の英語ニュースサイトを運営していますが、先日見出しを付ける際に似たような経験をしました。借り入れでレバレッジをかけない投資ファンドのことをnon-levered fundと書き、思い直してunlevered fundとしました。単に新聞等での出現頻度を参考にしただけですが、以来モヤモヤしていました。きちんとした理屈があったのですね。
non-形容詞でなく、non-名詞、例えばnon-leveredgedとするのもしっくり来ない気がしますが、この辺は慣用的な判断になるでしょうか?
[返信]
いちおうの理屈はあっても、それは大部の文法書でも読まないと載っていないようなものですから、たいていの人は語感に頼っており、その集大成がネット情報だと思います。おっしゃるとおり、慣用的な判断がものを言うので、そこを確かめるのが大事なのではないでしょうか。